広島大学大学院教育学研究科 学習心理学研究室

研究内容

行動主義の下で,学習は,「経験による行動の比較的永続的な変容」と定義され動物をモデルとする行動変容の実験が行われました。

やがて認知心理学が興ると,知的な振る舞いをするシステムの内的なメカニズムが研究されるようになりました。下の表は,D. A. Normanが示した知的な振る舞いをするシステムの必須構成要素をもとに作成したものです。

この表は,外界から情報を受け取り(1),それを理解し(3)記憶にとどめる(6),あるいは経験や観察を通して情報を獲得し(3)それを記憶にとどめ(6)必要なときに思い出して実行する(4)という心の働きや,その働きを制御する実行制御のメカニズム(5)などを示しています。

今日の学習心理学は,この表に示された要素を組み合わせて私たちが外界から情報を獲得し,それを記憶にとどめ,必要なときに呼び出して行動を制御するメカニズムの解明が目的であると考えられます。

本研究室では,
3については,意味記憶の研究や文章理解の研究として
4については,メタ認知の研究として
5については,ワーキングメモリの研究として
6については,エピソード記憶の研究として
多くの知見を蓄積しています。

記憶システムや記憶過程,文・文章の理解などに興味を持ち,積極的に実験的検証を行おうとする大学院生を募集しています。

研究例の紹介

本研究室で行われたいくつかの研究をご紹介します。

意味記憶に関する研究:アドホックカテゴリーリストの記憶表象の構造についての研究

意味記憶とは物の意味に関する記憶のことです。意味記憶は,感覚として受け取った情報が何であるかを判断するためのデータベースとして用いられます。つまり私たちは,目の前のボールペンをボールペンとして判断するには,この意味記憶にあるボールペンと照合しなければなりません。この時注意すべきは,照合に使用するデータベース上のボールペンは,これまで見たいくつものボールペンを統合して抽象化されている必要があります。そうでなければ,どういったものがボールペンでどういったものがボールペンでないかを判別することは難しいでしょう。過去記憶そのままの映像と照合するのでは,折れたボールペンや,色違いのボールペンをボールペンとして判別することは難しいでしょう。私たちは,意味記憶にこうした抽象化された情報が大量に保管されているために,日々目の前にあるものに戸惑うことなく生活することができます。

しかし,私たちの日常生活では意味記憶に保有されるデータベースが適応できないケースがあります。こういったケースでも,人はデータベースを柔軟に利用して即時的に意味をとらえることができます。こういった即時的な意味をとらえるための枠組みをアドホックカテゴリーといいます。アドホックカテゴリーは,主に人が問題を解決する際に作成されます。例えば,朝職場に来たらパソコンが動かなかったとします。あなたは,その問題を解決するためにその問題の原因を究明するでしょう。電源ケーブルの切断か,雨漏りで濡れてショートしたか,あるいはウィルスか。このようにあなたは,即座にその原因となるものを瞬時にピックアップして検討するでしょう。このような問題の原因の究明に使用した「パソコンのトラブルの原因」という枠組みは,問題に応じて即時的に作成されたアドホックカテゴリーといえます。しかし,このアドホックカテゴリーについて,その性質や,記憶のデータベースからどのように構築されているのかは十分に明らかになっていません。

本研究室では,このアドホックカテゴリーが構築されたときに,どのような構造であるかを検討するために,アドホックカテゴリーを構成する単語リストを作成し,それが記憶においてどのように表象されるかを検討しました。その結果,「動物」のような意味記憶にデータベースとして存在していると考えられるカテゴリーでは,それを構成する「ネズミ」や「鳥」といった単語で構成される単語リストをみただけで「動物」というカテゴリーで構成されていると判断されました。一方で,アドホックカテゴリーでは,「地図」や「辞書」といった単語で構成される単語リストを「海外旅行に持っていくもの」のリストとして判断することは困難でした。つまり,アドホックカテゴリーはデータベース上の分類に基づくのではなく,問題状況から必要な物を,その場その場でデータベースからピックアップされて構成されていることが示されたといえます。

文章理解に関する研究:文章理解と作動記憶容量の関係

文章とは,一般には意味的な脈絡のある文の集まりとされていますが,実際に目にする文章には,例えばWeb上に置かれたホームページのように,文章とイラストや写真,動画などで構成された混合型テキストと呼ばれる形態のものが多くあります。

身近なところでは,学校で使われる理科や社会の教科書です。子どもたちは,文字で綴られた文章と,添えられた図表とを関係づけながら理解することを求められます。

そこで,本研究室では,混合型テキストの読解と作動記憶容量との関係を調べました。
作動記憶とは,情報処理の場と例えられる記憶機能で,処理資源とも言われます。
言語性の作動記憶容量(文字で綴られた文章の理解に関わると考えられうる)と,空間性の作動記憶容量(図表の理解に関わると考えられる)とが混合型テキストの読解方略使用に及ぼす影響を調べました。
以下は,その研究で得られた知見の1つです。

意味明確化方略(文章の内容を自分の言葉で言い直す,など)の使用は,言語性の作動記憶が大きな読み手では空間性の作動記憶容量の多寡の影響を受けないのに対し,言語性の作記憶容量の小さな読み手では,空間性の作動記憶容量が大きいほど方略を使用することがわかりました。このことは,混合型の文章の理解においては,言語性の作動記憶を補完するものとして空間性の作動記憶が機能していることを示しているのかもしれません。

メタ認知に関する研究:「覚えやすさ」を評価する際に使われる手がかりの検討

我々は勉強中に様々なことを考えます。「このページはもう十分覚えたから,別のページを勉強しよう」,「この言葉は抽象的で難しそうだから,しっかり覚えよう」といったことなどです。このような,学習者が学習活動をモニターし処理を制御する活動や,学習者が持つ学習に関する知識は,まとめてメタ認知 (meta-cognition) と呼ばれます。熟達した学習者は,メタ認知を働かせることにより,効果的に学習過程を制御しているのです。

メタ認知についての実験的検討は,主として記憶課題を対象に行われてきました。Nelson & Narrens (1990) では,記銘・保持・想起という記憶の段階に応じて,学習材料の覚えやすさの評価や,想起内容に対する確信度の評価といったメタ認知的モニタリング活動と,学習時間の配分や記銘処理の選択といったメタ認知的コントロール活動が行われる様子がモデル化されています。

本研究室では,記銘前に行われる,「学習材料が覚えやすいかどうかの評価」であるEOL判断について研究を行いました。実験の結果から,覚えやすさの判断には,学習材料の身近さやイメージしやすさといった情報が手がかりとして用いられていることが明らかになりました。記銘前に行われるモニタリングが,その後の学習行動にどう影響するのか,また他の段階のモニタリングとの関係はどうなっているのかについて,今後検討していく予定です。

エピソード記憶に関する研究:潜在記憶課題の環境的文脈依存効果の研究

思い出したという意識が生じていなくても,記憶は私たちの今の情報処理に影響を与えています。このような記憶の現象を潜在記憶といいます。

記憶の環境的文脈依存効果とは,覚えた時の環境的文脈が再現されると想起が促進されるといった現象です。環境的文脈依存効果は,一般に意図的想起を求める記憶課題(顕在記憶課題)を用いて検証されてきました。

しかし,私たちの日常における記憶の想起は,思い出そうとして思い出す場合ばかりではありません。むしろ,ふと心に浮かぶ,思い出されるというように,想起しようという意図が伴わない場合も多くあります。

このような無意図的な想起は,潜在記憶過程に及ぼす環境的文脈依存効果で説明されるものです。

覚えた時と同じ環境的文脈が再現されると,思い出したという意識を伴うこと無く現在の情報処理に過去経験が影響を及ぼすばかりでなく,環境的文脈の効果がある一定の閾値を越えると過去経験が想起されると考えられます。

子供の頃に遊んだ場所を尋ねると,いろいろな思い出が蘇ってくるような場合が上記の説明にあてはまるでしょう。

本研究室では,下の表の各セルを文献研究や実験で1つ1つ検証しました。

その結果,項目手がかりの影響を低減できれば,データ駆動型課題であっても潜在記憶における文脈依存効果が生じることを実験で確認しました。











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